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世の中は 左様然らば御尤も そうで御座るか確と存ぜぬ

地域ボランティアの事や地元の雑多な情報、趣味の話など、気の向くままにボソボソと・・・

「なぜか『娘に好かれる父親』の共通点」 ― 多湖 輝 ―

父親に「これおいしいね、焼き加減がちょうどいい」と言われたのが料理好きになるきっかけになったという人がいます。小学校1年の頃、娘が父親につくったのは目玉焼きでした。

学校の成績も、母親に見せるとだめなところを指摘されるのに、父親はいいところしか言わなかったと言います。
成績は「ふつう」が多かったのですが、父親はそんなところには目も止めず、先生の評価を読んでほめてくれたそうです。「宿題をちゃんとやってくると書いてある。えらいじゃないか」という具合です。

成績もふつう、先生の評価もよくないというときがありました。
母からはさんざんに言われ、「これじゃさすがのお父さんもほめようがない」と断言されていたのですが、それでも彼女は父親に成績を見せるのが楽しみだったと言います。
成績表を見ていた父は、「今学期は1日も休んでない、それに身長がぐっと伸びているじゃないか。これはすごいぞ」とほめました。帰宅した父の料理を温めていた母親はさすがに吹き出してしまいましたが、父は真剣です。
「継続は力なりっていう言葉がある。休まずに学校に行くことが大切なんだ。よくがんばった」

こんなふうに言われて、彼女はのびのびと育ちました。ごくふつうの高校に行き、一年浪人してふつうの大学に入りました。
浪人が決まったときはさすがに落ち込んでしまいました。
しかしこのときも父親はこう言って彼女をほめてくれたそうです。
「君の努力が正しく評価されなかっただけのことだ。一生懸命努力した君はえらかった。お父さんは一生懸命勉強する君を見て、頭が下がった」
このときはほんとうにうれしかったと言います。この父の娘に生まれて幸せだったと心から思ったそうです。

上手にほめられれば誰でもうれしいものです。それに、いくつになっても人は誰かにほめられたいと思っています。問題はほめ方です。
たとえば子どもの成績が上がったからといってそれをほめたら、成績が落ちたときは、叱らなければならなくなってしまいます。これは上手なほめ方とは言えません。
ほめ上手な父親なら、結果ではなくて努力のほうをほめるでしょう。これならほめられた娘は、「お父さんはわたしのことをちゃんと見守っていてくれる」と感じます。ここが大切なのです。
きちんと娘を見ていなければ上手にはほめられません。ほめるにもツボがあるのです。娘を上手にほめられる父親は、そのツボをよく知っています。

もう一つ、ほめるタイミングもあります。いいことがあったときだけでなく、落ち込んでいるときにもほめるタイミングがあります。「がんばれ」と励ますより、「よくやっているじゃないか」とほめるほうが勇気がわいてくることがあるのです。

ツボとタイミングをはずすとたんなるおだてになってしまいます。
ただ、娘のことを愛していて、勇気づけてあげたいと思っていればツボやタイミングをはずすことはありません。ほめてあげたいと思ったらどんどんほめることです。
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見事なお父さんです。
そして、この話は父と娘だけにとどまる話ではないですね。

良好な人間関係を育みたければ、

・結果のみに言及するのではなく
・そのプロセスに注視し
・相手の努力を尊重し
・長所を見出して褒めてあげ
・何よりも愛し、支えてあげようと思う

手前味噌になるかも知れませんが、
コーチをしているミニバスケットボール教室でいつも念頭においている事です。
(実践出来ていると、自分では思っているんですが…)

でも、わが娘や妻には、
・・・全く出来てません。。。